「コト」よりも「感情」

 これまでに理不尽な「コト」を言われて悔しさに堪えてきた経験を度々してきた。それが何であったかはハッキリした記憶もない。その時の悔しさだけが今でも頭にこびりついている。悔しいという感情はその原因となった「コト」の内容よりも強k意識の中に残されている。原因は覚えていなくても結果としての悔しさと言う感情は忘れられないものになっている。人間は「コト」と言う行動の内容よりも気分と言うその時の「感情」の方が忘れられないものになっている。

         他人の心を傷付けないようにしたいもの→(我が身を鏡に他人を見る)

                        「自分を考える」より